50年か70年か、それが問題だ。小説や漫画などの著作権の保護期間延長をめぐって、小説家・漫画家・脚本家・評論家など文化人の間で、大論争が巻き起こっている。
「権利は孫や、ひ孫の世代まで引き継がれるべき」なのか、それとも「新たな創作のマイナスになるから延長すべきでない」のか。結論次第では、これまで手軽に読んだり観たりできていた著作権切れの小説などの範囲が狭まる可能性がある。私たちの文化生活にも、影響が及ぶ大事な話なのだ。
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作家の三田誠広氏が言う。氏は日本文藝家協会副理事長で、著作権問題を担当している。
「太宰治の『桜桃』に出てくる子どもは、さくらんぼが食べられなかった。酒飲みの小説家の父のために。その『桜桃』も、すでに太宰の死後50年を過ぎているため、自由に利用されている。二女の津島佑子さんは今もお元気なのに、その父の作品の著作権料収入はもう入ってこない。作家が夭折した、こうした事例は多い。これも延長が必要な理由のひとつです」
そもそものきっかけは、昨年9月にさかのぼる。同協会や日本漫画家協会、日本音楽著作権協会(JASRAC)など著作権権利者16団体が、個人著作者の著作権が保護される期間を「現在の『作者の死後50年まで』から『70年まで』に延長すべき」と著作権法の改訂を求め、要望書を文化庁に提出したのだ(その後1団体が加わり、現在は17団体)。
漫画家協会の担当、松本零士氏は延長すべき理由をこう話す。
「作家は刀をペンに持ちかえた路傍の浪人と同じ。会社員のような手厚い年金も退職金もない。その作品が、死んで50年たつと愛する家族やその子孫に相談もなく利用されてしまうのは耐えがたいこと」
著作権保護期間の延長を推進する団体の主な理由は2点ある。
(1) 作者の子孫に権利が継承される期間が長くなれば、創作意欲が増し、文化芸術の発展に寄与する
(2) 欧米先進国の多くが、すでに保護期間を70年に延長しているので、その水準に合わせるべき
というものだ。
これに対し、約2か月後の11月上旬、今度は劇作家や評論家、作曲家、映像作家などの文化人有志(発起人は現在約80人)が、「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」(その後『同フォーラム』と改称)を結成した。表向きは「延長法制化には、もっと慎重な議論を尽くすべき」という趣旨だが、発起人の多くは「期間延長に反対」を訴えている。
延長で創作意欲が増すか
その発起人の一人で、泉鏡花文学賞受賞の小説家、寮美千子氏は、三田氏の主張をこう批判する。寮氏は、文藝家協会の会員でもある。
「延長は、孫、ひ孫の世代に『幽霊(故人となった作者)のスネをかじらせる』、つまり不労所得がもらえる期間を長くするということ。作者の死後、遺族への著作権が継承されるのは『当然の権利』ではなく、芸術家だけが持つ『特権』。普通の人は、額に汗して日々働いて生計を立てている。その労働の対価が死後も引き続き、孫、ひ孫に支払われることはない」
現在は、作者の死後50年を過ぎて著作権が切れた作品は、出版社などが自由に復刊・復刻・公開できる。「公共の知的財産」になったと見なされるからだ。しかし、保護期間が70年になると、遺族の許諾が必要になる。求められれば、著作権料を支払わなくてはならない。
50年近く前に亡くなった作家の遺族を見つけだす作業だけでも、煩雑かつ困難な場合が多い。70年となれば、なおさらだ。
出版社は、そんな非効率的な復刻より、手っ取り早く現存作家の本を出すことになる。すると過去の「名作」が、より多く歴史に埋もれ「死蔵」されると、延長反対派は主張する。
「孫、ひ孫の世代に利益が引き継がれるから、創作意欲が増すなどという作家はいない」「創作活動というものは、先人の業績から刺激を受けたり、模倣、モチーフを生かした翻案から始まる。著作権延長はそうした機会を減らすことになる」とも。
寮氏は、こうも言う。
「仮に、作者が亡くなった直後に子が生まれた最悪のケースで考えましょう。多くは25歳までには大学を卒業し、ひとり立ちするはず。だから私個人は、著作権の保護期間は25年で十分だと思っています」
もう一人、やはり延長反対派に登場してもらおう。著作権の切れた日本の小説を中心に約7000作品をデジタルデータ化して、ネットで無料公開しているボランティア団体「青空文庫」呼びかけ人の富田倫生氏である。
「仮に来年2008年1月1日から、70年に延長された著作権法が施行されれば、同じ日付で公開しようと今準備している数百の作品が公開できなくなり、20年間お蔵入りする」
するとどうなるか。100円ショップのダイソーは、青空文庫が無料ネット公開しているデータを利用して、04年から「ダイソー文学シリーズ(全30巻)」として、夏目漱石、太宰治、芥川龍之介などの作品を1巻100円(税別)で売っている。こうした商品が大きな影響を受ける、というわけだ。
延長派の三田氏は保護期間が切れれば、
「100円ショップで売られるようになり、コストを抑えるため、従来の文庫版についていた解説がなくなったり、勝手に作品が縮められたりというようなことが起きる」
と危惧している。しかし、ダイソー文学シリーズを見る限り、作品を割愛してはいない。ページ数は1巻224ページに固定、1巻で足りない場合は2巻に分けている。固定ページ数に満たない場合は、作品から読みとれる教訓やフレーズから「スピーチや手紙に使ってみよう」というページを加えている。
文庫のような著名作家の解説はないが、作品のテーマや登場人物紹介のほか、文庫版にもない古い日本語表現に脚注を付け、若い読者にもわかりやすくする工夫もある。タダのものを、100円で売るための付加価値だろう。
これは、タダだから文化振興に役立った事例だが、正反対に、著作収入があるからこそ、というケースもあるから難しい。
例えば画家の横山大観(1958年没)の記念館(東京都台東区)は、大観の没後の著作権料収入の年間数百万円を、館内で販売する図録や絵はがきの作成費に充てている。間もなく死後50年を迎えれば、その収入はなくなる。
大観の孫である横山隆館長(73)は「在庫切れまで販売するが、以後は作成できなくなる」と、延長を訴えている。
70年にした欧米の事情
争点のもうひとつは「欧米先進国の多くが、すでに70年にしている」という点だ。「考えるフォーラム」世話人の福井健策弁護士が、背景を解説する。
「ヨーロッパの国の多くが1993年に50年から70年への延長を決めた。ただ、これはEU統合に伴うもの。ドイツがすでに70年だったから、短くするとドイツで混乱が起きる。ならばドイツに合わせようということになった。米国も98年に20年延長した。これはハリウッド映画産業が利益を生むとロビー活動した結果。だから『ミッキーマウス保護法』と米国内でも揶揄された」
延長が文化にどんな影響を与えるかを十分検討した結果、欧米が延長を決めたわけではない、と福井氏。これに対し、三田氏は反論する。
「日本が文化的創作を輸入している先進国の大多数が70年にしている。死後100年のメキシコなど、もっと長い国もある」
現在、欧米では自国作家の作品を死後70年以内など保護期間内に出版社などが復刻・復刊しようとすれば、遺族の許諾が必要だ。
しかし、日本では死後50年が過ぎれば、同じ欧米作家の作品を、自由に新訳出版できる(サンフランシスコ講和条約の影響で約10年が加算される場合も)。一昨年から、サンテグジュペリ(1944年没)の「星の王子さま」新訳出版ブームが起きた背景には、こうした事情がある。三田氏はこれを批判する。
「日本の法律は、70年を採用している国の作家の(遺族の)権利を剥奪しているのと同じ。村上春樹さんの小説や日本の漫画が作者の許諾のもと、外国で読まれているのに、これを不当、アンフェアと先進国の作家は考えるはず。日本は相変わらず『エコノミック・アニマル』だと。同業者として恥ずかしい限り」
500円洋画DVD業界は
一方で、日本でも著作権保護期間がすでに延長されている分野がある。映画である。
映画は、様々な職種の人が協力して作り上げるので、著作権は映画制作会社に集中させ、保護期間は「公表後50年間」と他の著作物とは区別して法制化されていた。それが04年から「公表後70年」へ延長された。
そのあおりを受けたのが、最近ディスカウント店などで見かける「500円洋画DVD」の業界。
著作権法が改訂される前の03年までは、50年たった1953年以前公開の作品は、無条件に500円DVDにできたが、現在は54年以降に公開された作品は日本でも著作権が存続しているので、500円では採算が合わなくなった。例外はあるものの、原盤購入コストに著作権料が加わるので高くなるからだ。
例えば、1952年公開の『雨に唄えば』(スタンリー・ドーネン監督)は500円DVDになっているが、55年公開の、ジェームス・ディーン主演『エデンの東』などは、2026年にならないと、理論上500円化はできないことになる。
500円DVD販売業者に原盤を輸入・卸売りしているブレーントラスト(東京都中央区)の平山宏行常務は、こう話す。
「一般消費者にとって、500円で買える洋画DVDの範囲が狭まったことは事実」
延長派も反対派も、記者会見をしたり、シンポを催したりするなど、舌戦を活発化させている。双方から要望書を受け取った文化庁は、政府の『知的財産推進計画2006』で、07年度中にこの問題に結論を出すよう求められている。文化審議会著作権分科会を3月中に開く予定だ。50年か70年か、さてどうする――。
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